映画の窓から見る英国

−映画、あるいは文学、音楽、テレビなど・・・−

I am still where you last saw me.

説明: heathskies

 

映画の窓から見る英国

以下、現在掲載中。Pawel Pawlikowski, My Summer of Love (2004)Joe Wright, Atonement (2007)In This World (Michael Winterbottom, 2002)Young Adam (David Mackenzie, 2003)Priest (Antonia Bird, 1994)Bridget Joness Diary (Sharon Maguire, 2001)A Room for Romeo Brass (Shane Meadows, 1999)Possession (Neil LaBute, 2002)High Hopes (Mike Leigh, 1988)Paperhouse (Bernard Rose, 1988)The Rachel Papers (Damian Harris, 1989)Cracker (TV, 1993-1996)Brimstone and Treacle (Richard Loncraine, 1982)Career Girls (Mike Leigh, 1997)Life Is Sweet (Mike Leigh, 1990)Roger Michell, Notting Hill (1999)。以下、近く掲載の予定。Sliding Doors (Peter Howitt, 1998)Hilary and Jackie (Anand Tucker, 1998)Enduring Love (Roger Michell, 2004)Breaking the Waves (Lars von Trier, 1996)Jeremy Lovering, Miss Austen Regrets (TV 2008)

 

本棚(現代英国の文学と文化周辺散歩)

以下、現在棚にあり。Jonathan Coe, The Terrible Privacy of Maxwell Sim (2010)Kazuo Ishiguro, The Remains of the Day (1989)John Banville, The Sea (2005)Graham Swift, Waterland (1983)Colin Dexter, The Way through the Woods (1992)Dennis Potter, Seeing the Blossom (1994)Richard Dawkins, The God Delusion (2006)Ian McEwan, On Chesil Beach (2007)Dennis Potter, Ticket to Ride (1986)William Boyd, Armadillo (1998)Kate Fox, Watching the English: The Hidden Rules of English Behaviour (2004)A N Wilson, A Jealous Ghost (2005)Graham Greene, The End of the Affair (1951)Ian McEwan, Enduring Love (1997)Jonathan Coe, A Touch of Love (1989)Kazuo Ishiguro, Never Let Me Go (2005)Stephen Fry, Making History (1996)Julian Barnes, The Lemon Table (2004)John Humphrys, The Devils Advocate (1999)James Cochrane, Between You and I: A Little Book of Bad English (2003)A N Wilson, London: A Short History (2004)Jeremy Paxman, The English: A Portrait of a People (1998)Iain Banks, The Bridge (1986)John Humprys, Lost for Words: The Mangling and Manipulating of the English Language (2004)Roy Porter, Blood & Guts: A Short History of Medicine (2002)Desmond Morris, Peoplewatching (2002)Colin Dexter, The Wench Is Dead (1989)Nicola Barker, Behindlings (2002)Kazuo Ishiguro, The Unconsoled (1995)J M Coetzee, Youth (2002)Lynne Truss, Eats, Shoots, and Leaves: The Zero Tolerance Approach to Punctuation (2003)Julian Barnes, Talking It Over (1991)Iain Banks, The Wasp Factory (1984)George Orwell, Nineteen Eighty-Four (1949)John Banville, The Book of Evidence (1989)Kazuo Ishiguro, A Pale View of Hills (1982)Zadie Smith, White Teeth (2000)Catherine Storr, Marianne Dreams (1958)Nigel Williams, Hatchett and Lycett (2002)Mark Haddon, The Curious Incident of the Dog in the Night-Time (2003)Giles Milton, Samurai William (2002)Jill Dawson, Fred and Edie (2001)Simon Winchester, The Surgeon of Crowthorne: A Tale of Murder, Madness and the Oxford English Dictionary (1999)Graham Swift, The Light of Day (2003)David Edmonds, John Eidinow, Wittgensteins Poker: The Story of a Ten Minute Argument between Two Great Philosophers (2002)A S Byatt, Possession: A Romance (1990)Simon Garfield, The Last Journey of William Huskisson (2002)Nicola Barker, Wide Open (1998)Raymond Williams, Television (1974)P G Wodehouse, The Mating Season (1949)Tobias Hill, Underground (1999)以下、近く棚に置く予定(ただし「予定は未定」)。Simon Armitage, The White Stuff (2004)Barry Hines, A Kestrel for a Knave (1968)Hanif Kureishi, Gabriels Gift (2001)John Sutherland, How to Read a Novel (2006)Ian McEwan, Saturday (2005)Nick Hornby, How to Be Good (2001)Simon Elmes, Talking for Britain: A Journey through the Nations Dialects (2005) Ali Smith, The Accidental (2005)Julian Barnes, Artur & George (2005)A A Gill, The Angry Island: Hunting the English (2005)Mark Haddon, A Spot of Bother (2006)

余談

 

日本の文学は…

 

更新日: 18 October 2011

『映画の窓から見る英国』 Copyright 2001-2011 (著作権には御留意ください。引用の際には、必ず本HPタイトルとURLを明記してくださるか、管理人までメールをお願いします。)


近況報告:

最近は、こんな感じで時間が過ぎ去ってしまいます。前回の書き込みは8月の25日。もうそれから一カ月半以上が経ってしまいました。9月末までロンドンにいましたが、数日で書き上げることができるだろうと高をくくっていた論文にてこずってしまい、それで9月はほぼ手一杯になり、どこに出かけるわけでもなく、家にこもってその仕事ばかりをやっていました。ロンドンは、8月はわりと涼しく、ちょっと寒いとさえ感じる日もありましたが、9月に入ってからは気温が上がり、遅れて夏がやってきたという趣でした。その後、10月に入ってから、更に気温が上がって、ロンドンの基準では「猛暑」というべき日もあったようですが、その頃には、我々は東京に戻っていました。こちらに戻って2週間半ほどになります。残暑はそれほど厳しくないのでしょうが、ロンドンから戻ると、それでも少々暑苦しく感じられます。…主に9月中、論文にばかりかかずらっていたからですが、授業の準備がない状態で帰国したので、これまでのところ、そちらの仕事で忙殺されているという情けない状態です。余裕を持って別の仕事をつけ足すことができるまでには、まだ23週間かかりそうです。こういうブランクを作ってしまうと前にやっていたことを忘れてしまい、非常に非効率なのですが、今回ばかりはしかたがありません。とりあえず、この学期の授業(柱は、Jonathan CoeNigel WilliamsKazuo Ishiguroです)が最後までかたちを成すめどが立つのに十分なだけの予習を集中的にして、それから別の作業を取り込んでいこうと考えています。時差ボケだけは、少なくとも、ようやく解消しました。(18.10.2011)

早いことに8月も残すところあと数日となりました。ロンドンでは、まだ暖かい夏日が続いています。天気が良い日が多いので、歩くのが好きな家内に(半ば強制的に?)散歩に連れ出されることが多く、脚が鍛えられてきました。東京にいるときには、職場以外の場所へ出かけるということはほとんどしないので、散歩するということじたいがぼくにとっては贅沢で、また、街の景観はロンドンのほうがぼくは好きですから、大いに楽しんでいます。読書量は減ってしまいますけどね。あと、最近、カメラでちょっと悩んでいます。デジカメはどんどん進化してきていて、あれやこれやの機能が安物モデルでもついているではないですか。そのほとんどは使わないので、まあそれはいいのですけど、オート・フォーカスが問題。スナップ・ショットを撮るときにはAFで良いのですけど、一昔のモデルと比べると、何だか、やたらと歪みが強くかかるような気がします。総じて、ぼくではなくて、カメラのほうが、どういう仕上がりにするか決めてしまっているような感じがして、不満です。これまでは、盗難を懸念して、ロンドンには高価なカメラは置かないことにしてきたのですけど、1台、そこそこのものを買おうかなと思い始めました。リスクはありますけど、写真はこちらにいるときのほうがはるかに多く撮りますから。…下の「リンク」に一件追加があります。(25.8.2011)

ロンドンへ来て1週間が経ちましたが、まだバテ気味で、家内と一緒に、「気分転換」や「運動」と称して、散歩や買い物に出かけてばかりです。こちらの天気は、今のところ、非常に快適です。この季節にしてはどちらかと言うとやや暖かめですが(昼間は20℃前後)、空気が乾いているので暑いと感じることはなく、外出すると爽やかで本当に気持ちが良い。それにもかかわらず体調がもたついているのは、やっぱり、先週までいた東京の猛烈に不快な天気との落差があまりにも大きいからなのだろうと思います。だるさがなかなか取れません。…日本のメディアもおそらく大々的に取り上げていることと思いますが、イギリスは、今、ちょっと大変なことになっているようです。あちらこちらで暴動、略奪、放火などの犯罪行為が、ほんの短時間のうちにまるで自然発生したかのように広がってしまった。始まったのは、ぼくらが着いた23日後でした。ロンドンの多くの地域が被害を被っているみたいですが、ぼくらが住んでいる地区ではほとんど被害は出ていません。ちょっとは現場を見てみようということで、一昨日だったか、家内と一緒に(やられたと聞いていた)Chalk Farmへ行ってきました。何だか「見物」しているような気分になってしまい、不埒かなとも思いましたが。…前述のブログ(ぼくじしんの)へのリンクをこのページの下につけておきました。それから、今日は、「ロック雑談」の更新もあります。(12.8.2011)

昨日、ロンドンへやって来ました。予定よりもおよそ1週間ほど遅れての到着です。涼しいです。去年のロンドンの夏は、8月半ばからもう、夏とは言えないくらいに寒くなってしまったのをおぼえています。今年は、これから、いくらかでもこちらなりの夏が続いてほしいなと思っています。東京の天気がああであったので、2003年のような猛暑だけは嫌ですけど。普通の夏であってほしい、それだけです。…7月の末までには来る予定でした。来ようと思えば来ることはできたかもしれませんが、6月から延々と続いた猛暑に体力を消尽してしまったみたいです。期限に追われて汗だくで試験やレポートの採点を済ませたら、いわゆる伸びきったゴムみたいになってしまい、機動力がまるでなくなり、数日間、家から出る気もせず、ごろっと横になって、本を読んでいたのでした。(6.8.2011)

福島があったので、万事につけて、この学期はいつもどおりにはまさかいくまいとは思っていました。しかし、ここまで来てみると、まあまあ無難に仕事はできたのかなと思います。ちょっと異様な空気の中で始まった学期ではありました。成田に着いたとき、何か非常に空気が変わってしまっていると感じたのを、今でもおぼえています。まだまだ続いていた余震は別に気にならず、意識は、福島と核物理の「問題」ばかりに向いていました。政治と科学のインターフェイスが、大衆規模で問題化するとき、この国のメディアはどのような報道をし、それを受けて、大衆はどのような反応をするのか、興味津々でした。結果は、もちろん、落胆せざるをえないようなものでしたけど、さほど驚きもせず、比較的に早期に東京での研究・教育活動に専念できた、と言って、差し支えないと思います。…数日中にイギリスへ戻ります。9月末までは帰りません。休暇中にやることになる文学研究のほうは、ある程度具体的なプランができており、今年は、ぼく(これからは平仮名にしますね)が平素から好きで読んでいる作家についての論考をまとめるだけなので、その意味では、気楽です。論文を2本、できれば3本、書いてしまう予定です。(22.7.2011)

当座目先の仕事をこなし続けるだけで、この学期は終わろうとしています。酷暑が6月半ばあるいは終わり頃から始まり、その頃から真剣に7月は大丈夫だろうかと心配になりましたが、蓋を開けてみれば、この歳の割にはまだ体力が意外に残っているのか、いや、そうかどうか良くは分かりませんが、いずれにしても、休講は、以来、ほとんどしませんでした。6月から今月、7月にかけて、休日は3日しかありませんでした。そういう過労続きの3ヶ月余りを過ごすのは、楽しかったと言えば、とても楽しかったです。いずれにしても、明後日の土曜日に最後の授業があり、それを済ませれば、9月末までは夏休み。…6月に学会シンポで話をしましたが、準備原稿が所定の時間内に収まらず、その一部を割愛したのですが、その割愛した箇所を、シンポに来てくださった方々のためにアップしておきます(「本棚」のコーナーです。)(21.7.2011)

もうすぐ5月も終わり、既に始った梅雨期を引きずって6月に突入することになります。総じてまだまだ体調は不安定ですが、これまで、この学期は休講はしていないし、授業以外の仕事もほぼスケジュールどおりにこなしているので、自分でついつい思いがちなほどよりは調子が良いのかもしれません。6月のスケジュールはほぼ固まりましたが、7月のほうは、まだまだ不確定要素が多く、特に、いつ頃ロンドンに戻ることができるのかは、何とも計画が現状では立てられません。暑さには極端に弱い僕にとっては、7月のスケジュールは、職場の節電による空調への影響に多分に左右されることになります。気温や不快指数が一定度を超えたら仕事は休むようにとの主治医の助言もあり、場合によっては、7月は複数週休講を余儀なくされる可能性を、今から、十分に考慮に入れています。(29.5.2011)

これまで使ってきたプロバイダーについて苦言を言ったあとで言うのはいささか恥ずかしいのですが、現行のサービス打ち切りの日取りを、送られて来たメールで僕は見間違えていました。521日とは言っても、今年ではなく、来年(2012)の521日だとのことです。なので、このURLで、あと一年ほど、このサイトを運営することができるようです。多忙により、どうせさほどの更新はできないはずなので、別にURLがどこにあっても、中断期間があっても、同じであるとは僕じしんも思うところですが、それにしても、一年一年の重みが徐々に増してきているように感じられる昨今、とりあえず、あと一年でも何も変える必要がないというのは、僕にとっては朗報です。ネット上だけに活字を残すということには相変わらずかなりな違和感をおぼえるのですが、このサービスの場合はコンテンツは僕が消そうと判断すれば完全に跡かたなくできることになっているので、その点も気楽です。また、これまで読んできた本や見てきた映画についてのしばしば断片的な駄文も、紙上の活字にならない(あるいは、僕のほうでするつもりがない)ものがたくさんあるはずで、少数の人たちだけとそれらを共有できる場がなるべく安定してあるというのは、それも、僕にとっては、息抜き目的の域を出ないかもしれませんが、嬉しいことです。特に最近、そういうものをパソコン上にただ溜めておくだけというのはもったいないような気もし始めていて、手書きではなく電子文字で書いたものは、別に隠したいものは何もないので、手間もかからないこともあり、次々とネット上に出しておこうかと思っていたところです。論文ネタやその他刊行物のベースとして書きつけたものもありますが、もう、最近では、そういう区別はどうでも良くなってきているという事情もあります。…映画評は、単行本にすることを念頭において再度整理をし、新しいものを書き足したらどうかという意見を友人からもらいましたが、あれはそういう可能性などまったく頭におかずに、そのときどきの思いつきで書いてきているので、まとめるのは無理です。他のものを書くときに自分にとって参考になれば良いかな、といった気楽な姿勢で、メモ書きの感じでこれからも行こうと思います。…しかし、一年後には、引越し先をさがさなければならないことには変わりはありません。ページのデザインも含めて、助言をいただければ嬉しいです。…この学期は、前に書いたかもしれませんが、異常な多忙で、休日すべて返上で奔走していますが、ここだけの話、楽器だけは、深夜、20分か30分だけですけど、毎日いじるようにしていて、その成果が、今になって見え始めていて、嬉しいです。まあ、十代の頃に基礎は作ってあるので、とりあえずは、忘れてしまったものを指が思い出してくれれば、それだけでもそれなりのところまでは行くはずですが、それがそのとおりになっているという話です。毎日いじらなければダメだということは経験則で分かっているので、仕事が密な日にはそれに喰い込むというのが痛いですが、十分な見返りがあるという確証が取れたので、やるに値すると判断し、それに合わせて仕事のスケジュールの再調整をしています。今、自分が使っているモデルの限界も見えてきたので、いずれ、金はかかっても、別モデルへアップ・グレードする予定です。予算に限度は、もちろん、ありますけどね。(23.5.2011)

このURLが消滅するのが本日夜なのか明日の夜なのかは精確には分かりませんが、いずれにしても、間もなくです。これをここでの最後の書き込みとします。苦言をこういう場面で言うのも何ですが、しかし、やはり、6ヶ月ほど前にサービス内容を変更し、利用者にハイパーリンクの再編集などを含めて多大な手間をかけさせておきながら、今度は変更先の(有料)サービスも停止するというのは、サービスの内容に鑑みれば、単に経営がどうのこうのという理由だけで好き勝手に変更をして良いはずもなく、僕としては暴挙だと考えています。だったら、多額の金を払って、より安定したサーバー・スペースを確保すれば良いではないかという反論の声が出て来そうですが、それは説得力がないでしょう。インターネットが産業としてこれだけ大規模に、現在、展開できているのは、様々なサービスを安価で提供する代わりに膨大な客を掴んでいるからですね。「安価で」という条件は、その際、絶対であって、それを外してしまえば、利用者は激減することでしょう。「薄利多売」式で、この産業は、原則、成立しているということです。僕は、別にこのサイトを運営することで生計を立てるだとか金儲けをするだとかいう目的はまるでないので、費用がかかりすぎるようであれば、そもそもこういうサイトをネット上でやるということじたい、しないと思います。また、ウェブサイトの中には、文化をコンテンツとするものがあり、僕のもそうですけれども、そういうサイトは、その価値を直接に金銭に還元することは、本来、できないはずです。僕じしん、フリーランス大学の講師や、その他、言語文化に関わる仕事をやっていますけど、職務内容と家計のあいでコンフリクトが起きるとき、職務内容が職務内容(教育・文化)であるため、家計のほうはかなり犠牲にしてでも(赤字を計上してでも)、仕事の質の維持のほうを可能な限り優先するようにしています。…そんなことを考えていると、今日の日本においては、「文化」と「経営」とがいかに混ぜこぜになってしまっているかを思い出すことを強いられます。より具体的には、もちろん、「文化」のほうが「経営」に従属させられているわけですが。経営などは炎上してでも、主義として文化教養のために借金を投じるというような発想は、もう、風前のともし火なのでしょう。非常に嘆かわしい話、高等教育の場においても、そういう傾向は、年々、より顕著になってきています。…非常に歯切れが悪い結末ですが、続きはまだあるということで、勘弁していただけると幸いです。数ヶ月かかる可能性が高いですが、別のサーバーで、コンテンツはこれまでのものを再充填した上で、映画評論に重点を置くという明確な目標を掲げつつ、新しいスタートを切りたいと思っています。その間の経緯は、下記のブロクで報告をする予定ですので、そちらのほうで、しばらくは、おつき合いをよろしくお願いします。(20.5.2011)

下記のとおり、このサイトは今月21日以降このURLでは閲覧ができなくなります。引越しができるのはしばらく先のことになりそうなので、それまで、近況報告だけは継続できるように、ブログ・スペースを用意しました。URLhttp://eiganomado.exblog.jp/です。(17.5.2011)

英国から戻って、早くも一月が経ちました。7月の半ば過ぎにはまた英国へ出て行く予定なので、2カ月ちょっとしか東京での時間はないことになります。その少ない時間内に、なるべくたくさんの事柄を詰め込んで、有意義な学期を過ごしたいと思っています。仕事が山積みで実相は忙殺の毎日ですが、気分的には、上向きです。(14.5.2011)

今日は、「リンク」を一つ追加しました。(13.5.2001)

今日は、本当に久し振りの「本棚」の更新です。下記のとおり、このサイトは近日中に引越しを余儀なくされており、それまでに何かお喋り以上のものを書いておこうと思って、Jonathan Coeの新作小説について短い紹介文をアップした次第です。(12.5.2011)

今日は「ロック雑談」の更新をしました。前述のとおり、このサーバーからは、今月21日付で撤退をしなければならないようです。まだ行き先が決まっていません。…それはそれとして、連休明けから、勤務先の大学すべてで授業をやらなければならなくなります。週6日、7月半ばまで、1日の休暇も(日曜日以外は)ないタイトなスケジュールが待っています。元々、それほど先まで細かな予定を立てて仕事をするタイプで僕はないので、良い意味で「行き当たりばったり」でいくつもりですが、とは言っても、暑さには極端に弱いため、7月の「節電」云々絡みの話だけは気にしています。各論はここではしませんが、僕が思っていることを簡単に言えば、夏場に電力供給に問題が生じることが予想されているのであれば、思い切って、例えば、6月一杯で大学の授業をすべて打ち切るという手もあるのでは?近年、文科省の主導によってですが、「授業回数の確保」がどうのこうのと、大学は、どこでも大なり小なり、言うようになってきていますけど、「授業回数」じたいにこだわる理由は、分かる人は分かると思いますが、何もありません。少ない授業回数でも、「凝縮度」はいくらでも高めることはできます。高等教育においては、原理原則、量ではなく質こそが問われるべきだということを思い出す良い機会で今日はあると、僕は思うのですが、さてはて、行政がどうそのあたりを判断するか…。(5.5.2011)

このサイトですが、しばらく前にURLを、プロバイダーのほうの提供サービスの変更のために、こちらとしてはしかたなく、変えざるをえなかったのですが、この新しいURLも使えなくなる旨の通知が今しがた来ました。最近はほとんど書き込みをしていなかったわけですが、それにしても、昔書いたものを読んでくれる人もいるはずで、僕としては、更新があまりできなくても、ネット上に置いておくことに意義があるとずっと思ってきましたし、今でも思っています。今年で10周年でもあり、仕事面で整理ができ、余暇ができれば、再スタートを切ろうかなどと思っていたところです。つなげようと思っていたところで切られてしまう…。めげてしまいます。もちろん、第三者のサーバーを借りてやっている以上、サービスを切ると言われても、こちらとしては呑むしかありませんが、鬱々とした不満感が残ります。さて…、くだくだと苦言を言ってもしかたがないので、今後を考えたいと思いますが、どなたか、アドバイスをしてくれませんか?521日付でこのサイトはこのURLでは消滅するらしいです。できれば別のサーバーに移したく、大金は払えませんが、ある程度までの金額であれば、支払う準備はあります。妙案がありましたら、是非、教えてください。…7月末までは多忙により、仮に別のサーバーに移るとしても、サイト内のハイパーリンクの書き換えをやっている時間はないので、フロント・ページだけでしばらくはやらざるをえません。(21.4.2011)

教員としての仕事の話です。これ程忙しい一月はこれまでなかったと思います。という言いかたをすると、もう終わったかのように聞こえてしまうでしょう。終わっていません。二月にもつれ込みます。例年どおり、春休みはロンドンへ行きますが、出発の日取りを、ここ23年、遅めに取らざるをえなくなってきています。今春も、予定していたよりも遅めになりそうです。来学年度は、この流れを断とうと思っています。また、これは別にどうのという話ではありませんが、今月にいくつか予定していた友人、同僚たちとの「新年会」は、多忙により、ほぼすべてキャンセルとなってしまいました…。「リンク」に一件追加があります。(28.1.2011)

大相撲中継、5月までは見たくても見ることができないなと思って、今日、最後のところ(三役そろい踏みからあと)だけ見ていたら、白鵬の斜め後ろに、作家のKazuo Ishiguro氏がいました。人違いの可能性もありますが、横綱にカメラが向けられるたびにクローズアップで映るので、何度も見ることができ、見るたびに、間違いなく彼であるように思えてきました。最初に気がついたのは家内でしたが…。(23.1.2011)

来学年度、学生諸君とどの小説を読むかは決めたので、目下、まだ今年度の授業は続いていますが、気分的には割り切りがつき、今日、土曜日ながら参加した(C*****大学の)英語関連授業ワークショップとその後の懇親会も、比較的に頭が混濁していない状態で出席することができ、また、あそこでは同僚でもある家内が一緒に参加してくれたので、僕よりは家内のほうにお鉢が回り、総じて、楽しい一日を過ごすことができました。今月初めから、家内共々、ほとんど戦闘状態で入ったこの学期の最後の数週でしたが、今日、ようやく、二人して、あまりテンションの高くない日を過ごすことができました。ロンドンへ移動する準備もあるので、あまり休養を取っている余裕は、現在、ないのですが、たったの一日でも気楽な日を過ごすことができると、来週以降の仕事に弾みがつきます。今年は、おそらく総体としてはそこここで潰れてしまうかもしれないくらいの分量の仕事を引き受けてしまっているので、正直なところ、どうなるやらという感じなのですが…。 (22.1.2011)

1月は、毎年のことながら、仕事が山積みとなって本当に何もできない月ですが、今年は特にそうです。月末までにぽつぽつと組まれている学期末試験のペーパー(13コマ分です)は(今晩、ようやく)早々に書き上げ、一旦回収した答案の採点はほぼ同日中にすべてできる目途が立ち、その点ではほっとしているのですが、それ以外の仕事が今年は多くて、苦労しています。数日中に書かなければならない講義要項が少なくとも5点はあり、これには神経を使います。特に、英国小説を読むという趣旨の講座の場合、4月から一年を今の時点で決めることによって縛られてしまうわけですから、注意して決めなければなりません。英国文化論系の英語講座の場合も、それほどではないですが、大なり小なり、同様のプレッシャーがかかります。それに加えて、家内が久し振りの論文と格闘している最中で、そのエディティングも僕の仕事ということになっているので、たまったものではありません。秋に、家内からは11月末までには草稿はできるとの言質を取ったのですが、それが遅れに遅れて、よりによってこの忙しい時期に、草稿(と言うよりも、ほとんどメモ書き)だけができたのですが、僕が手を入れても意味がないできで、頭を抱えています。分野が僕とは違うだけに、更に厄介でもあります。(家内は応用言語学で、僕は英文学・批評理論です。)…しかし、この歳にもなると、体力の限界を感じてか、自分の仕事を優先するようになります。今年は、昨年以上に、英文学をやる所存です。読むべき作家を決めて、こつこつと仕事をし、発表なり論文なりのかたちで成果を出したいと、例年以上に強く思っています。…もうすぐロンドンへ移動しますが、まだまだ東京での仕事が残っているので、その話題はあとしばらく、直前まで、しまっておくことにします。…しかし、それにしても、まだまだ不満はつのります。仕事量が一定レヴェルを超えてしまうと、まず、ギターに触ることをしなくなり、次に、運動をしなくなります。学期が終わったら、一気にギターでブレイクスルーを達成しようとしていた自分にとっては、本当にがっかり材料です。(9.1.2011)

今日は仕事始めでした。年初め、初出講です。これだけ早くから授業があるのには面食らっていますが。もちろん、こんなに早くから授業をフル稼働でやれというのは無理です。年末も27日まで授業をこの冬はやっていたので、実質上は、一週間程度しか、休日はありませんでした。 (6.1.2011)

新年あけましておめでとうございます。今年も忙しくなりそうですが、できるだけアップをするつもりです。今年もよろしくお願いします。(2.1.2011)

これまでになかったほどの多忙だった一年ももう終わりに近づいています。今日は、9月末以来、初めて、終日仕事せずに過ごしました。昼過ぎに起きて、ここ数日まるでしていなかった部屋の整理をし、楽器の埃を取り、午後遅くにぼちぼち立川へ出かけて、HMVで手当たり次第に何枚かCDを買い、日が暮れてから、忘年会の中華レストランへ…。三次会まであり、タクシーで帰宅したのは午前2時半過ぎ。平素会う機会があまりない友人知人たちと、楽しい時間を過ごしました。(さっき帰宅したところです。)学期中はなかなか時間制限なしで飲むことはできないので、僕にとっては、毎年、年末のこの(僕じしんが幹事をしている)忘年会には、ちょっと特別な意味があります。今年もまた、楽しい晩を過ごすことができ、これで、新年を迎える準備が気分的にできました。ご参加くださった人たちには、お礼を申し上げます。おつき合いくださり、有難うございました。(30.12.2010)

無事に、今日、今年最後の出講を済ませてきました。先日も書いたとおり、今年は、蓋を開けてみれば、どういうわけか夏休み前後の「予定休講」以外はまったく休まず、あれやこれやで休講を時々せざるをえなかった昨年とはまるで違った年となりました。共著ですけど、本も出すことができたし、充実した年だったと何となく感じています。(27.12.2010)

これだけ短い冬休みはこれまでなかったと思います。一般人の関心事ではないかもしれませんが、ここ数年、大学の学期が、段々と、長くなってきているのです。冬休みは、だいたい、1220日頃から110日頃まで、というのが従来の慣習でした。それが、まあ、大学によってばらつきはあるでしょうが、例えば今年の僕の場合、12月は22日まで(補講を含めれば27日まで)授業あり、年明けは6日からもう授業再開です。(妻は、1224日が最終出講日で、年明けは7日から。)事情を知らない人は、「それって、サラリーマンの冬休みと比べれば、短い短いと言っている今だって、結構贅沢なほうなのではないのか」などと思うかもしれません。違います。この時期に集中する色々な仕事をいちいち挙げていっても切りがないので、比較的に分かりやすい23の例を紹介しておくと、後期の所謂「学期末テスト」を作らなければなりません。1月に授業が再開されてしまうと、もう、問題を作ったり採点をしたりする時間は激減するものなので、どうしても、この仕事は冬休み中にやり切ってしまう必要があります。それから、来学年度に向けた「講義要項」を書く、つまり、来学年度の講座の内容を、扱う材料の選定、決定(これにはよく悩まされます)から、苦労して選んだ材料を具体的にどういう切り口で教えるかの組み立てを練り考えるところまで持って行くという作業があります。それに加えて、この時期、ちょっと腰を据えて、向こう一年の研究プランを見直し、教務仕事とのあいだで、負荷の考量をして、現実的なバランスを割り出して、そうしたらすぐに必要な文献の手配などをしなければなりません。冬休みがかつては日数の上では長かったというのは、贅沢でも何でもなく、3週間くらいはなければ、今説明したような仕事、自家作業を、余裕を持ってしっかりとやることはできなかったからです。それを、質を保ちながら、どれだけ時間短縮してやることができるのか…それは分からないですけど、分かるのは、正月三が日も仕事日にする覚悟がなければ、かなりきわどいはずだということです。…話題はまるで変わりますが、もう、デパートやらカフェやらの過剰暖房には、辟易。ひどい場合には、店舗に入るとあまりにも暑いので、汗が噴出、3分も中にいることができない。買い物も、そういう場合は、もちろん、できない。僕が極端に暑さに弱いというこちらの事情もある程度割り引いてみても、やっぱり、最近、どんどん上がってきている(と僕は感じています)屋内の異常高温暖房設定は、あれは問題でしょう。だって、夏場には省エネだとかエコだとか言いたてて、冷房費を膨大な額浮かせておいて、ちょっと気温が下がると、今度は、まるで寒さに弱い動物たちを動物園で保護するかのように、一気に暖房を全開にする。23ヶ月前の省エネ、「エコ」の話はどうなってしまったのか。…この話はし始めると長くなってしまうので、これくらいでやめておくけれども、最後に一言。僕は、東京の冬は(たかが)この程度の寒さであれば、公共の場所での暖房を一切、すべての場所で一切、切ることを提案したい。(病院の一部は例外。)レストランやカフェですか?同じ。全部切る。なぜ僕がそんな提案をしているのかは、いずれ、「余談」にでも、もっと詳しく書きます。(25.12.2010)

本当に久し振りの「ロック雑談」の更新をしました。今日は、朝から都心で用事があって、本郷周辺を午前中からふらふらと歩き回っていたのですが、何事にも集中できず、半年ぶりに三省堂に行ったりもしましたけど、さすがに体力の限界には打ち勝てず、意識が朦朧としたまま帰宅し、その後、ほとんど自罰的に、数時間、教務作業をやり、このHPのことを思い出して、ちょっとだけ書き込みをしました。こういう日を充実した日と呼ぶのでしょうか。こんな具合に単なる体力が試される日々が訪れるとは、例えば10年前には、夢にも考えていなかったと思います。手配を、今、しなければならない書籍があったりもするのですが、体力の限界により、翌日に持ち越しとせざるをえません。最近、こんなふうにずるずると翌日へ用事の処理が持ち越されることが多く、「時間を盗まれた」などと呟いて、とりあえず、流してしまおうとするのですが、それも、翌朝起きてみれば、ままならないということに気づいて、再度、気合いの入れ直しをする…そんなものの連続です。正月も何もあったものか、というのが、正直、目下の感想です。(24.12.2010)

水曜日は、いつもながらの4コマ連続の授業。休み時間があいだに挟まり、トータルで6時間半の長丁場です。疲労困憊。にもかかわらず、帰宅後、ちょっと寝てから、部屋の掃除をちょっとして、それから、このサイトの整理をやりました。これで、一応、ほとんどのページは復旧したはずです。また、冬休み中に、再度、サイトの整理整頓をします。コンテンツの補充までやっている余裕は、今のところ、多忙により、ありませんが…。明日、木曜日ですが、休みなので、ちょっとしたハイな気分になっている…などと言っても、ピンとこない人もいるかと思いますが、僕は、学期中、東京にいるあいだは、週6日講義や授業をやっていて、普段、終日休日は日曜だけなのです。日曜日を除いて、毎日、平均、3コマやっています。しかも、今年は、どういう訳か、4月以来、夏休み明けの「予定休講」以外は休講をまったく、ただの一回もしないでやってきました。なので、(土曜も含めて)平日なのに、どういう訳か授業をしに大学へ行かなくてもいい日があるというのが、ピンとこないと同時に、一年の祭日がまとまってやって来るかのようなお祭り前夜のような気分にさせてくれています。しかし、溜っている仕事のことを思い出すと、多分、元旦前後に23日休めるだけで、「冬休み」など名目だけ、要するに、授業をしに行く必要はなくても家で毎日十数時間連日仕事漬けで年末年始は終わることになっているという事実が厳然と立ちはだかって、気分は重くなるだけ…。ところで、家内は、目下、論文と格闘しているのですが、これが、傍から見ていると面白い。あれだけ話はうまいし、授業もうまいし、文章だって普段からそこここに結構書き散らしてはいる。話を聞けば、アイデアだって、結構まとめて、ちゃんと持っている。だったら、どうして、たかが短い論文を一本書くのに、あれだけ苦労しているのか…。読むのはのろいけれども書くのだけは速い僕には、見ていて、何とも不思議。(22.12.2010)

何とも疎いことに、気がつきませんでした。新しいURLへ既存のページを全部アップしはしたものの、URLが変わればハイパーリンクがすべて使いものにならなくなるのではないか…。なるべく早めに補修をするようにします。単純作業ながら時間は相当にかかりそうなので、早くても冬休み明けあたりになってしまいそうですが。すみませんが、しばらくご辛抱をお願いします。…ところで、もうこんな季節になってしまいました。日本に戻ってからまだ一月くらいしか経っていないような感じです。どうして最近はこんなにあっという間に時間が経ってしまうのか…。(15.12.2010)

今日、日曜日は、英文学関係の親しい知人たちと会食をしに、久し振りに都心へ出かけました。場所は神保町の四川料理「川菜館」でしたが、ここには、ここ23年、ときどき行っています。名店です。旨いものを食していると話が自動的に面白くなるものなのかどうかは分かりませんが、僕には結構な刺激になりました。たぶん、僕は、「自分がやってはいないけれども人がやっていること」に、かなり過敏に反応するのだと思います。自分が平素やっていることがあまりに理屈っぽいからなのかもしれませんが、20年くらい前の記憶から起こしておぼろげには覚えている作家が話題になったりすると、「再読をせねば」とパニックを起こすわけです。実際に再読をするかどうかは別として、可能性の地平が広がるだけでも、僕には有り難い。とても有意義な夕べでした。…それにしても、あそこの「沸騰魚」料理は、あまりにもおいしい。(21.11.2010)

広告を外しました。もちろん、金を払ってそうしたわけですが、広告がないページを見てみると、随分とすっきりした感じで、大した額ではないので、これはこれで良いのかとも思います。できれば、とは言え、無料で維持できればそれに越したことはないのですが、無料サービスが打ち切られてしまったので…。URLがおそらく変わっているので、ブックマークの更新方、よろしくお願いします。デザインは従来のままです。近年、何でもかでも新しいかたちへと変えるのが良いという空気がありますが、そんな時代の愚かな空気には平素から強い問題意識を抱いているので、自分で勝手に決めることができる事柄に関しては、「守旧」に努めています。…先週の日曜日、ロンドンで音楽活動をしているM*****さん(ギター、作曲)と新宿で、とても日本的なレストランで、3時間ほども歓談をしました。(ギター・デュオで活躍中。下に、O-Arcのリンクを入れておきます。)日英の大衆音楽産業のありかたの違いについてとても興味深いお話を伺ったのですが、話は、日本文化一般から神道、神社(建築)へと流れ、そこから、なぜこうも日本の街の風景は、十年も経てば見分けがつかなくなるほどに異常なスピードで変化するにもかかわらず、しかしながら同時に、そうした表層の急速な変化の背後には、表層をそうして変え続けることを常時要請することで初めて保たれるある種の一貫した何か、おそらくは優れて日本的と言って良い何かが潜んでいるのではないか、というような話になり…。(20.11.2010)

半年近くも更新をしていませんでした。その後、春休みは、今年は、諸般の事情で短くなってしまいましたけれども、ロンドンで過ごし、4月からは東京に戻って、無事に仕事をしています。最近では大学の学期が長くなり、現在、7月の半ばを過ぎても、まだ、出講しています。このサイトをたたんでしまおうというような意図はついぞなかったのですけれど、しばらくほったらかしにしておいたのには、考えてみると、いくつか理由がありそうです。細かなことはここには書きませんけれど、大雑把に言って、二つの案件に整理できるような気がします。まずは、僕なりの日本語の使いかたと所謂「世間」で(平均的に)使われている日本語のあいだのズレ、これは単に言語的な次元でだけで説明できることではないですけれど、皮膚感覚で毎日触知できる、あるいは否が応でもされてしまうもので、そのため、気になりだすと止めようがありません。何の話だか分からないという人もいるかもしれませんね。PCと言っただけではどういう領域で僕がこのことを言っているのか説明し切れませんが、イメージとして、とりあえず、PC的なドライブで日本語が変わってきていて、僕の日本語感覚は20年前から何も変わっていないため、ズレが生じてしまっていて、僕としてはそれにどう対処したら分からない…およそ、そんなところと諒解ください。昨年、主に社会人学生たちを相手に講義をしたときの経験が、ひょっとすると、トラウマとして僕の(頭ではなくて)皮膚に刻み込まれてしまったのかもしれません。同じ日本語という言葉を使っていて、ここまで話が通じないものかと痛感した記憶があります。二つ目は、インターネット・メディアへの、日々亢進する抵抗感です。これはこれで複雑であって、細かく説明をしようとすると長くなるので、ここでは控えますが、一言だけしておきますと、ひょっとすると、我々は、インターネット上で文章を読むとき、紙面で読むときと微妙ながら決定的に違う読みかたをしてはいませんか。そのことがとても気になるのです。また、近く、更新をします。(17.7.2010)

まだまだ多忙な日々が東京で続いています。月曜日で、今学期、最後の出講を終えたので、それは一区切りにはなりましたが。また、人づき合いもあります。日曜日には、T*****大学で数年同僚であり、今年3月をもってイタリア大使館へ転職する、イタリア人でイタリア語の同僚A*****先生を送るささやかな会をやりました。同僚でコリアンのH*****先生もご参加くださり、盛り上がりました。安酒が旨く、一時の息抜きになりました。(H*****先生は、4月からNHKラジオで上級コリアン講座をやられます。)で、今日は、ブリティッシュ・カウンシル駐日代表のJ*****さん、彼の奥様、そして大学院の先輩でH*****大学のE*****先生と、これもまた非常に打ち解けた雰囲気の中で、食事を楽しんで来ました。現代英文学そのものと、それが今日の日本でどのように紹介されているかなどへと話が及んだりして、刺激になりました。E*****先生から教えていただいた四川料理のお店ででのことでしたが、このお店は、ひっそりとしていながら、あまりにも美味しいということも付記しておきたいと思います。ちょっと、飲みすぎました。…あと数日で教務仕事は片づけて、すぐに、休みなしで、執筆態勢に入る予定です。体力がついてくれば、の話ですけれども。今年は、一言で言って、すべての自由時間を返上して、読み、そして書くことに、妄執的にこだわりたいと思っているのです。(「すべて」というのは、もちろん、誇張で、ギターの練習をするくらいの暇は見ますが。)…とりあえず、向こう1週間の予定ですが、基本的には家で仕事をします。明日は、終日、自宅勤務です。金曜日の午後から夕方と、土曜日終日は、時間拘束の約束があり、縛られます。日曜日は、ここが、多分、一番忙しくなる見通しですが、自宅勤務です。来週の月、火曜日で、すべての教務作業を終える予定なので、その二日間は、「追い込み」で忙殺されることでしょう。…「管理人とこのHPについて」を、今日、更新しました。(3.2.2010)

これだけ忙しいのは1年振りです。そう言えば、去年の今頃は、後期の試験の採点、成績評価に加えて、英国在住資格更新の件というのがあり、滅茶苦茶な惨状だったのを思い出します。それ以後は、しかし、何となく落ち着いて、1年が経ち、1年前の記憶など消えかかっていたところで、不覚にも、不意打ちを喰らった感じです。5日間連続で自由時間はまるでなし。仕事は、腕まくりをして、時計を見ながら分単位でやり、食事やシャワーやその他の、生活に最低限度必要なことも時計をにらみながら、という按配で、実に疲れました。今日は土曜ですけど、5日前の火曜日が昨日のように感じられます。こういう「戦闘モード」のときには、頭のどこかでスイッチを切っているのでしょうね。正月を比較的に怠惰に過ごし、少々たるんでいたところだったので、引き締まりました。教務仕事が終わったらその後、すぐに別の仕事に移らなければならないし、今、このモードに切り替わるのは、一息ついて考えてみると、良いことなのかもしれません。もちろん、あまり寝ていません。総じてあまり寝ないほうですけど(平均6時間くらい)、ここ数日は、多分、4時間くらいしか1日当たり寝ていない。睡眠不足と疲労で、歩いていたらバランスを失ってふらっと倒れてしまったり、階段を踏み外してすっ転んだりしたりするわけですけど、まあ、その程度のことはあまり気にしないようにしています。(30.1.2010)

今日は、「余談」の更新。今日は、夕方、大学で懇親会があって、飲み過ぎてしまい、醜態を晒してしまいました。醜態を晒すのは、でも、時と場合によっては大事だという自明なことは、分かる人には分かりますよね。(23.1.2010)

2010という数字を見て、SFっぽいと感じる人はいませんか。僕には、とてもそんな年が、本当に、今、訪れているとは感じられないのですが。元号のほうは、うろおぼえなので、見てもそれほどシャープな違和感はありません。西暦の嫌なところは、桁数が多いため、機械的に見えること。人生は、大概、二桁年数で終わるものなので、見た感じの自然さという点では、元号のほうが自然ですね。…今年もまた、昨年と同じような仕事をする予定です。昨年と比べると、文学についてしゃべる機会がおそらく増えることになり、それは、一つ、楽しみにしていることです。ただし、英語の講座も、相当数、担当します。語学としての英語ということを考えると、いくつか思うところがあります。そのうち、最も気になるのは、無思考に英語を高校から続けて履修する学生が多すぎる(ように僕には思われる)ことです。大学は、もっと、積極的に、学生たちに、他の言語を学ぶ機会を与えるべきだと思うのです。高校までそれなりに英語をきちんと勉強してきていて、特別に高度な英語力を更に高等教育で身につける必要がない学生たちは、たくさんいます。そういう学生たちは、大学では、英語はもう授業で勉強するのはやめにして、何か別の言語(何でも良いので)を勉強したほうが良い。英語教師の僕が言うのも何だけれども、別に英語なんか勉強しなくてもいい学生たちは一杯いて、カリキュラム上、外国語をどれか履修しなければならないのであれば、そういう学生たちは、英語以外の、これまで勉強したことがない言語を学ぶほうが、よほどためになると思う。教える側の僕としては、これはあまり大声では言えないことですが、英国英語以外は教えない。と言うか、技術的に言って、教えられない。で、それで良いという思いが、最近、更に強くなってきているので、今年は、ますます妥協をしないようにするつもりです。(3.1.2010)

今日は、「余談」の更新。ようやく年内最後の授業も昨日終わって、疲れました。(25.12.2009)

一昨日の書き込み、もう一度読んでみたら、やはり誤解を招くような書きかたになっています。とにかく、最近、長期間の自分の仕事を鳥瞰することができなくますますなってきているので、周辺の人たちが書いていること、やっていることは把握できるのですけど、自分のことについては、「弁明」ができません。「自分は何をやっているのか?」という、浅く問うているだけでの何の意味もない問いが、一日のうちに何度も頭をよぎるという有様。ただ、そうやって、自分の関心を半ば意図的に散らし、撹乱をしてみると、いずれ、何となく、Derridaではないですけど、何が自分の関心の「見えない中心」にあるのか、うすらうすら気づくような、一瞬、視野の隅っこを走る何かを捉えることができるような、錯覚かもしれないけれども、およそそんな感覚を持つこともあります。で、どうも、その中心というのは、やはり、もちろん、文学、広義の意味での文学なのでしょう。僕の場合は、英文学です。問題は、文学をどうやるかです。こちらの問いは、もう、25年も考え続けてきたこと。僕が一番苦手なのは、「文学は楽しい」だとか「文学は人生を豊かにする」というようは波長で、そんな曖昧な問題意識しか持っていなのであれば、そんなのは文学ではないとさえ、言いたくなります。僕は、やはり、とにかくまずは、言葉というものは、修辞なども含めて、どう使われうるのかという至って狭隘でバイアスがかかった地点から、批評理論を参考にします。(色々あって、その全部というわけではないですけど。)ただ、そのレヴェルでは、突っ込んで考えるということは、自分が深く足を突っ込んでいるごく少数の分野でしか、しない。例えば、「ポスコロ屋さん」がまだときどきいますが、で、もっと意味が不明であったのは一昔の「新歴史主義」ですが、そういうような、理論性が弱い、あるいは理論性が修辞によってしか担保されていないような分野は、言葉は悪いですが、コンビニ弁当的な便利な浅さを本来持っています。公正さのために言っておくと、1980年代に、日本の批評理論はあまりに理論の高度な理論性のかっこよさに浮かれてしまったため、以後、それを解毒するために、「新歴史主義」だとか「カルチュラル・スタディーズ」だとかが出てきた流れには、必然性がなかったというわけでもない。(そういうのに乗るのって、割と楽で、原稿料も良いはずなので、人はもちろん集まります。)でも、時代の趨勢に必ずしも流されてやらなければならないものでは文学はない。多分、僕は、批評理論の多くには、言葉遊びみたいな習慣が巣食っていて、それには抵抗があるのだと思う。もっと理詰めで行けるところまで分析を徹底して、それでもなお説明し切れずに残る残滓のようなもの、そこに文学の核がある、なんていう具合に、僕は、多分、考えている。で、「理論」ということだけで切って行けば、どんな人文社会の分野にだってそれなりにそういうものはあるのであって、更に、哲学、論理学(言語学、ついでながら、だめね。)あたりを分水嶺にして、それを越えて科学へと入って行けば、そこはもう、宝庫。ちょっと大見えを切り過ぎかもしれないけど、あくまでも自分の能力の枠内でだけれども、可能な限り幅広い専門人知を包摂するかたちで「鑑賞」すると、文学と言うものは、一番の実りを与えてくれるものなのではないかな、なんて、僕は考えています。これ以上詳しい話は、別の機会に。(21.12.2009)

しばらく更新がなかったので、以前は時々訪問してくれていた方々の中には、もうあまり来てくれなくなってしまった人たちもいるかもしれません。まあ、いずれにしても、ご無沙汰しています。あとこの年も10日ほどしか残っていないので、大雑把に、僕たちにとって、今年がどんな年であったかという話を、ちょっとしておこうと思います。まずは、僕のほうは、今年は、増加した教務仕事から始まって、自分で無為に書き綴る文章を書く仕事などに、主に前者によってですが、これまでなかったくらいに忙殺されました。「英語の授業はやったけど、文学は教えたのかな?」というのが、正直な感想です。要は、総じて、英語の授業だか英文学だとかに、僕は、今年、あまり時間を割かなかった、あるいは、ちょっと健康を崩したために、割けなかったということ。では何をやっていたのかと訊かれても即答はできないですが、他分野に手を出していた、特に、政治、経済方向に、かなり個人的な動機から、ぎこちないやりかたでですけど、知見を広めようとし、乱読をやっていました。で、また、論理学や数学基礎の復習をこれだけやった年は、最近、なかったと思います。「フィクション離れ」と言われてしまったら、今年限っては、認めざるをえません。英語でよりは日本語での読書のほうが、7割対3割とう具合で、読んだ英文量が減っていて、それはそれで少々まずいかなとは思っています。(大して気にはしていないですけど、実は。)3割とは言っても、読書の絶対量は俗人の数倍ではある(はずな)ので、授業に必要な文献くらいは、もちろん、こなしています。日本語のほうのほうは、どちらかと言えば、それなりに当初、明確な問題意識があって、それに沿って本を読んでいったので、「雑読」というのとはちょっと違うかもしれません。で、それは、ほとんど、ある意味では、読んでいて気分が悪くなるような読書、しかし、僕がかなり本能的に持っている政治意識からやっていることなので、その意味では、自分で納得している読書です。ちょっと誤解を避けるために付言をしておくと、例えば、「批評理論」などといった特定の分野にコンパクトに収まるような文章をいずれ書こうというような意識は、まったくないです。 (19.12.2009)

と、ここに何も書かないでいるあいだに、もう、12月も半ばになってしまいました。何とも、この学期は、夏休みに準備ができなかったというのが主な原因ですけど、忙しくて、週ごとに目先の授業の準備に追われるという、これまでに経験したことがないパターンに陥ってしまいました。あとは、これはいずれ「余談」にでも書こうかなと思っていますけど、本をやたらと読みまくったという事情もあります。英文学とはまったく関係がない読書なのですけどね。まるで、学生時代に戻ったような感覚です。ものを書く時間なんて、将来、いずれいくらでもあるだろうから、今のところは読書に耽る。何を読むかは、その時々の関心に流されて、決める。たまには、こういうのもありでしょう。(9.12.2009)

昨日「リンク」に入れた3点から1点を外しました。さしてどうのということではないですが。…帰国、学期の開始から、今日で、3週間になります。さすがにもう時差ぼけは解消したと思いますが、大学へ通勤し、授業をやっていて、まだ何かがピンと来ません。どこかで上の空になっていて、感じとしては、日々が過ぎるのをただ機械的に勘定しているような。まあ、英国から戻ってすぐに仕事を始めるといつもそんな感じですから、特筆すべきことではないですが。…妻のほうが僕よりも、環境の変化への適応は早いみたいです。するりと、もう、学期中のルーティンにはまっています。(16.10.2009)

「リンク」に3件ほどつけ足しました。友人はある程度はいますが、ウェブサイトをやっている人というのはあまりいないものです。…さて、拙サイトですが、自分でも、少々、持て余しているというのが、正直なところです。「書評」は良い意味で思いつきで書けるとして、手間がかかるのは「映画評」のほうです。「書くために書く」というのはやめにして、本当に、観て、引き込まれ、なおかつ自然と批評文を書いてしまうような作品に限定したいと考えています。「余談」は、それこそ「ブログ」みたいなものなので、あまり制約を設けずに日記気分で書ける場所として確保しておきたいですが、同時に、もうちょっと、「読むに耐える」文章をあそこでは書くべきか、と反省しています。あくまでも、時間があれば、ですけれども。この学期は、大して書けそうにありません。ただ、「映画評」は、少なくとも1本は、まとまったものを書きたいとは思っています。その他、あれこれアイデアはありますが、いずれ、文章にちょっとずつしていこうと思います。山のように溜っている教務仕事を淡々とこなすことには、ある種の快感が伴うものです。それに、しばし、浸りたいと思います。(15.10.2009)

更新を3ヶ月近くしていませんでした。夏学期の仕事は720日過ぎあたりには終わっていたのですが、腰痛で1週間ほどダウンしてしまい、ロンドンへ行ったのは8月に入ってからでした。(腰痛はここ8年ほど抱えている持病で、原因は不明、最初にかかった医者の話では、椎間板ヘルニアの疑い、ということです。)やっと掛け値なしの休養ができるものと期待をふくらませてロンドンの自宅へ着いてみると、上の階の部屋からの(かなり大量の)漏水で、僕らの部屋は壊滅状態…。到着2日前に起こった事故で、大家はその翌日に僕にメールを出していたみたいですが、そのときには、僕のほうは、荷作りの最中か成田へ向かっていたかしていたので、何も知らない状態で着いたわけです。部屋は、仕事はおろか寝泊まりさえできない状態で、4日間ほど、緊急に近隣のホテルに泊まり、それから1週間、隣の友人の部屋に泊めさせてもらい、曲がりなりにも自宅に戻ることができたときには、もう8月も後半でした。カーペットの敷きかえや壁紙張り替え、それからベッドやソファーなど大家の持ち分の家具の入れ替えはその頃終わったのですが、その後、僕らの持ち分の家具の買い替えや整理整頓、掃除をしなければなりません。妻が、その頃、3週間ほどロシアへ行ってしまったために、僕一人で、連日、そんな作業に追われていました。8月も末になって、ようやく、総じて落ち着いたのですが、運が悪いときには本当に悪運は続くもので、風邪でダウン、続けてまたしても腰痛でダウン…7月のよりもひどく、1週間ほど歩くこともできない状態が続きました。9月の前半は、そんな具合で、ただ寝込んでいました。東京に戻る直前、23日前にようやく腰痛は完治し、予定どおりの日程で帰って来ることができましたが、場合によっては帰国日程の変更も考えていました。…振り返ってみると、休暇らしい時間を過ごせたのは2週間くらいだけで、何ともひどい夏休みでした。冬学期への準備もまるでできなかったので、それは学期が始まってから(もう始まっていますけど)、授業の直前に間に合わせという感じでやるというかたちになってしまいました。東京に戻ったのは9月末日、先週の水曜日です。…夏休み中、更新をしなかったのには、単純な理由があります。ロンドンへ行くときに、ファイルを持って行くのを忘れてしまったのです。忘れずに持って行ったとしても、ほとんど更新できなかったでしょうけれども。(10.10.2009)

気温は、この季節にしては、さほど上がらず、過ごしやすいですね。いくら暑がりの僕でも、仕事の合間にキャンパスの日陰のどこかで缶コーヒーでも、一服しながら、飲む時間があれば、それは快適な時間ではあります。睡眠不足が慢性化しているのだけど、それはそれでまた面白い案件で、意外と、昼間のパフォr−マンスには影響がでないのですよ。夕方に、がくんと来るものです。もう、早朝ですが、だいたい、ここには、僕は、早朝にしか書かないので、それは別にニュースではなし。この時期、まさか、本をロクに読む時間などないながら、悪戦苦闘しています。昨日から、年来の愛読書、野矢茂樹『哲学・航海日誌』を(3回目ですか)を読み直しています。僕は、文献学者ではまったくないので、アイデア先行型であり、特定の分野に限って専門知識はと問われれば、皆無なのですが、逆讐の手段はいくらでも持っています(笑)。…昨日は、友人たちと、都心で、ちょっとランダムな展開になってしまったのですが(まあ、それは僕の責任で)、楽しい時間を過ごすことができました。今回は中華でしたが、来週には、東京一番の韓国料理の私の行きつけで、オープンな企画を考えています。ところで、映画、DVD.In Brugesは、たまたま最近注文をしてあり、今、手元にあるので、明後日にでも見ようと思います。あと、これは、しばらく前に、家内が買ってくれた貴重なDVDなのですが、Iain Banksの小説の翻案が、DVDで、手元にあります。The Crow Road (4時間の長編ですが)。あ、そう言えば、僕は、Iain Banksのファンで、すべて読んでいるというようなことは、これまで書いていなかったですね。(13.7.2009)

いや、もう、これだけは、少なくともここだけには書いておかないと…。ここ数日で、東京は、何だか急に蒸し暑くなりましたね。梅雨入りともうなっている割に雨はあまり降っていないみたいですけど、気温と湿度は梅雨に相応しい不快度に達しています。それに反応して、ここのところ、急激に体調がおかしくなってしまいました。だいたい、僕の特異体質の体が、特異体質ではあっても、それなりに機能するのは、最高でも25℃くらい、で、湿度は50%くらいまでで、それを超えると、あれやこれやの変調をきたして、大なり小なり、機能不全状態に陥ります。こういうの、英語では、”hidden disability”だとか謂うのですか。とにかく、暑いのに弱いのです。巷の東京人とは、たぶん、体感気温は10℃以上は少なくともずれているみたいです。あと3週間ばかりは出講せねばならないので、通勤途中でぶっ倒れようが何が起ころうが、やるべきことはやろうとはします。しかし、この暑い時期になると、どれだけ頭を明晰に保とうとしても、限界があることも確かです。家に帰れば、冷房があるので、一息ついて、昼間の疲労を癒すべく夕方に仮眠をして、こうして、早朝まで仕事をすることができます。家では、一昨日から、「除湿」から「冷房」に切り替え、設定温度は17℃としています。こんなことを言うと、「エコ」がどうのだとかいう連中が文句をつけてくるわけですが、僕は、そんなあやふやな大義のために、自分個人の生活環境を、自分の健康を破壊するような方向へと変えようなどとは、露にも思いません。(バカ「エコ」談義は、また、いずれ、「余談」コーナーで。)…特異体質が、しかしながら、災いしていることは確かです。僕みたいな体質の人は、本当に少数派なのでしょうか。気温が上がるとまったくだめになる一方で、逆に、気温が下がるほうは大歓迎。氷点下5℃でも、10℃でも、まあ、15℃くらいまででしょうけれども、僕は、厚手のコートも要らないし、手袋もマフラーも何も要りません。ガキの頃に北海道によく行っていたころには、外気はマイナス10℃であろうが、半ズボンに上はシャツ一枚で、積もった雪で遊んでいたものです。ついでながら、しもやけというのは、僕は経験したことがありません。いや、それどころか、どんなに寒いところへ行っても、寒くて震えるという経験をしたことがない。…言わずもがな、僕は、暖房というものを、まったく必要としません。遺伝によるのかしらとも思います。あとは、英国で、かれこれ、17年も過ごしてきたという事情も、関係しているのかもしれません。「遺伝」というのは、僕の先祖は、どうも、かなり北方から来たらしいのですね。樺太、あるいは、大陸に渡って、東シベリア、だいたい、そんな辺りに、僕の祖先はいたようです。成人してからとは言え、イギリス暮らしが長いというのも、関係しているのでしょう。…家内の故郷のロシアのシベリアの都市の本日の気温は、最高、10℃だったとのことです。何とも羨ましい。…夏は南半球で、冬は北半球で仕事をし、暮らすという方法はないものか、などと、本気で、時々、考えたりもするくらい、苦難の日々なのです。…こうして、ひいひい暑さに音を上げながら出講していると、講義は何とかこなすとしても、帰路の途中と帰宅してから、何とも言えない疲労感に襲われ、ぐったりとしてしまいます。今学期は、でも、通勤中に暑さと湿気で失神したのは、まだ2回なので、ひょっとすると、学期の終わりまで、何とかもつかもしれません。(25.6.2009)

64日の書き込みは、内容の性質に鑑みて、「余談」のほうへと移しておきました。正直、書評のほうはどうでも良いという感じで書いてきたのですが、映画評のほうは、それなりに力を入れて書いてきたつもりです。そもそも、それがメインのサイトでこのサイトはあるので、そこから起こして再生を図りたいと思います。…そして、これは滅多にやらないことですが、久し振りに「リンク」に追加をしました。ピアニストのRonan Magillさんのサイトです(日本語)。先日、来日の折、演奏を拝聴し、コンサートお開きの後、良き友人、かつ、かつての同僚O*****先生のご厚意により、歓談の機会を与えていただきました。(8.6.2009)

(これより前の日付の「近況報告」はここ。)


リンク:

Prof Tatsuro Tanji  (James Joyceを専門としておられる英文学者。大学院時代の先輩。文学のみならず、英国のロック史にも詳しい。僕が聞いたこともないようなものを数多知っています。いつも勉強させてもらっています。)

Dr Johannes Leitner   (ウィーン工科大学の数学者。専門は、何やら応用性が高くて、僕にはよく分からない。大学院時代からの友人。鬼気迫るほどのドライな数学的感性に感服。それにしても、どうして、ドイツ人にはこうもでかいオートバイに乗るのが多いのでしょう。)

 

説明: bnmn

-140   (ロシアの天才的ミュージシャン、Zemfiraの日本語ファン・サイト。Zemfiraの最新情報を提供してくれるだけでなく、ロシア文化一般関連情報の宝庫でもある、とても有難く、貴重なサイト。ロシアに関心のある方は必見。)

Tets Hoya  (専門は僕とはまったく違いますが、さまざまな話題で議論を交わす友人。科学者かつピアニスト。人工心システム論の著作Artificial Mind SystemをドイツのSpringerから最近出版。繊細な音楽的感性をも備え持しながら、人間の「意識」を探る秀英です。)

Conrado Silva de Farias  (ブラジル出身、英国で活躍するサウンド・デザイナー。長らくスコットランドにいたが、最近、ロンドンに戻って来ました。1990年代後半あたりからつき合っている旧友。)

Ronan Magill  (英国ロンドンを拠点に活躍しているピアニスト。日本の文化、音楽にも関心があり、British Councilの後援を得て、日本でも定期的に演奏をしている。)

Gesche Würfel  (ドイツ(ドルトムント)生まれ、ニュー・ヨーク在住の“Visual Artist“です。かつ、ジャーナリスト、批評家。1990年代にロンドンで知り合った友人で、最近、ネット・コミュニティーを介して再びつき合うようになりました。)

Jason James  (現在、ブリティッシュ・カウンシル駐日代表。しばらく前に、音楽絡みの会で知己を得ました。日英文化交流の現状について、僕とは畑が違うということもあり、僕にとってはとても興味深い話をしてくれます。(ブリティッシュ・カウンシルじたいのサイトはhttp://www.britishcouncil.org/new/です。)

Masa Iida  (ロンドンで活躍中のミュージシャン。リンクは、Masaさんの日英ギター・デュオ・プロジェクト、O-Arcのサイトです。Masaさんとは、比較的最近、ロンドンで知り合い、何とかロンドンでも少しは音楽(ギターやベース)をやろうと目論んでいる僕には、目下、唯一の貴重な先生です。)

Yoshie Dental Office (横浜市都筑区の歯科医院。副院長ののり子先生は僕のいとこ。ご主人、院長の稔先生は、海外経験が豊富で、色々なエピソードを楽しく語ってくれます。日本語ができない人たちも、英語で受付から診察までOKとのお話。)

Reiko Matsui (眞對れいこ先生です。もう数年前からおつき合いをしているピアノの先生です。絵本作家としても作品を出しておられ、また、ご料理がほとんどプロ的にお上手。)

Tetsuo Kadota (測量設計事務所を経営しておられるTetsuoさんのブログ。ロック、特にギターとベースに大変詳しく、ごじしんでも作曲、演奏されます。いつも勉強させてもらっています。)


ロック雑談 懐かしく昔を振り返りましょう。主に、ちょっと昔の話。)


フォトギャラリー (知人にしか意味のないコーナー。)


掲示板 (本当はこれ、開いておきたいのですが、「荒らし」などにつきあっていられないので、閉鎖中。開いていたときの書き込みをまとめて並べておきます。)


ブログ (外部サイト。このサイトの現行のURL20125月で消滅することになっています。その後は別サーバーに移ることになりますが、途切れが生じるでしょうから、それに備えてつなぎ目的で開設しました。)


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コンタクト (リンクを張ることをご希望の方はご連絡ください。その他、掲載内容へのコメントなど他のご用件もこちらのアドレスへどうぞ。(begemotique@gmail.com


 

追記 - ページ・トップの写真は、20063月、Hampstead Heathで撮影。40余年にわたって僕を蔭から支えてくれ、人知れず逝去したある人を弔う気持ちを込めて撮ったものです。